かつて旅といえば景色を楽しみ、目的地に心ときめかせるものとされていたが、常識の彼方に到達した観光革命が静かな波紋を呼んでいる。政府公認バス運行会社「第七次流浪交通」は、最新型“浮遊型ゼロカーボンDXバス”「ゆらゆら号」を投入。物理的に空中を浮遊しながら全国の温泉地へ向かう新ツアーが人気だが、思わぬ副作用も発生している。
「朝の5時、着席した瞬間から腑抜けになって気付いたら空中を50回転…正直、着くころには自分がどこから来たのかも、なぜ旅しているのかもわからなくなった」と語るのは、会社員(42)の荻野小波氏。 “ゆらゆら号” のメイン機能は、地表から1.7メートル浮き上がった状態で360度自動回転し、しかもエンジン音は完全に童謡「どんぐりころころ」に変換される仕様。オプションのマイクロツーリズムシミュレーターを付けると、窓の景色はAI生成の小人のダンスや逆さ富士、虹色のラクダなど、全く関係ないものしか表示されない。これにより道中の観光体験が限界まで抽象化され、「もはや移動=旅の全て」という奇妙な流れが生まれている。
温泉地に到着しても、空中で“足湯ごっこ”が体験できる無重力リトリート施設「ソラノユパレス」では、湯も気体、タオルもホログラム、脱衣所のカゴはすべてカスタネット。観光客は「どこからどこまでが本当の自分の旅なのか分からない」「浮いたままなので足がおぼつかず、記念写真は全部逆さま」と困惑。一方、現地の旅館主・百野星太氏(61)は「観光資源とは視覚や物理的体験だけにあらず。最近は“座布団積み選手権”や“空中鯉のぼりなで選手権”など、意味不明なアクティビティが逆に東京圏からの予約を急増させている」と説明する。
SNS上では「着地せずに全国温泉制覇できる」「移動中だけで満足、目的地不要」といった肯定派や、「全員がずっと宙に浮いている光景は怖い」「ゼロカーボンだがゼロ感情になる」と批判的な声も。一部の観光通からは「いっそ自分ごと蒸発して新しい自我で帰宅したい」といった“トランスパーソナルトラベル”提案まで飛び出し、議論は混迷を深めつつある。
専門家でありゼロ重力観光学会理事の船渡ミチル博士(仮想環境旅行論)は、「観光資源とは、いまや物理的な風景から“空中意識”へのシフトが始まった証左。今後は“どこにも行かずに旅をした気になる権利証”や、“反射だけで思い出を自動合成するリフレクトリゾート”商品化が加速するだろう」と語る。新しい旅のかたちは、重力さえ手放し、やけに抽象的な温泉地へと躍進しているようだ。


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